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百円玉の貴重さ

百円玉の貴重さを肌で味わったということは事実かもしれないが、どのように考えても無理があった。  巨大化した日本経済の取るに足らない一片は、多くの主婦が関わる安賃金の内職に支えられているのかと、一つの厳しい現実を垣間見た気がしたことを思い出す。 その後、三女が小学校に上がるまで、内職やパ トの類は長期休業だった。ちょうどその頃、千葉から八王子に引越すことになり、知り合いになったばかりの隣人から、ケーキ材料のアルミカップを小分けする内職話を聞き付けた。三人娘の登校後の空き時間を当てることにしようと思い始めた。七年ぶりの内職復帰であった。 休日には娘三人が母親の小分け作業の手伝いをしたりと、皆で賑やかにしていたこと を思い起こす。内職を通じ、母親と娘三人が和気あいあいと時間を共有している光景は、 ほほえましかった。今のように家族が全員揃いにくい現状を振り返れば、とても貴重な  l 時間を過ごせた時だったのではないだろうか。ワイフにすれば、勉強を通じてではない子どもの援や触れ合いの一環、と捉えていたようである。父親としても、娘達の成績を深刻に感じる学年でもなかったと思っていた こともあって、実に穏やかなひと時であったと今でも思えてくる。    三人娘の小学校通いが始まるとともに、わが家でもご多分に漏れず、ワイフが送り迎 えや授業参観、保護者の集まりなどを全面的に引き受けてくれた。このように学校への出入りを通じて、もともと頼まれれば嫌とは言えない人の良さか ら、ワイフは の仕事を引き受けることが多くなっていった。

出典元:介護職員初任者研修を最短取得

パート歴を振り返って

今までだってパトに出ていたのだからとも割り切った次第である。 ここで、ワイフの介護ヘルパ資格取得に至るまでのパト歴を簡単に振り返ってみたいと思う。家はどうなるのだろうと。 つむ まあいいか。家計のためには日を附眠れば済む話だろうし、どうせ自分は何も貢献でき  ワイフのパ ト歴は、彼女の二十歳代後半、長女がまだ幼稚園にいく前、自宅でできる内職から始まった。 そこそこの低賃金労働だった。 子供服の刺繍、自動車に使用されるゴム部品のカットなど、時給計算をすれば、わず ワイフは、子供と遊びながら、暇をつぶせられればという感覚であったと回想してく れた。確か学生の正規アルバイトが時給六、七 円位の時代である。 これは一年少し続けただろうか。三女が生まれたことやあまりの労の少なさを考えれ ば無理もなかった。内職の時給一 円とはどこか東南アジアの貧しい図の話かと思え たほどだ。 いずれにせよ、ワイフにとっては、初めての内職体験となった。 私とは同じ会社のテニスクラブに属していた縁での結婚だった。結婚に伴い退職したが、その会社は男女の格差もほとんどないということが H売り 会社の女性は結構な給料取りであった。 だったため、当時この ところが、先の内職は学生アルバイトの四、五分のつ在宅で外に出ることがないと いう条件はあっても、あまりの低きであった。 時間当たり、たった一 円しか稼げない苦労をすることなど、ワイフの人生設計に はなかったはずである。

出典:

単純な発想

ごく単純な発想をしてしまった自 分がいたことを思い出し、後悔していた。そうではなくて、ワイフはもともと人付き合いがよく、奉仕精神が旺盛な女性であることはよく分かっていた。したがって、高い倫理観や人間性が求められる高尚な仕事であればこそ、より適した仕事、いうなれば、ワイフは天職を見つけられたのでは、と改めて思えたのであった。 ガラスのホームヘルパー  そして、これが私には一番嬉しいことなのだと気が付いた。また、自分として、このように思えたこと、また心から実感できたことで、ワイフに対して少なからず理解を深め得た気がしたのである。それはそうと、抽選で選ばれなかったら、ワイフのチャレンジはどうなったのであろ うか。三回目の申込書を書いたのであろうか。次の抽選という機会がなければ、どうしたのであろうか。専門学校に通ってでも、むしろ上の資格を求めたのであろうか。ある種の使命感や天職を感じたとすれば、簡単に諦めることはしないと思われるが、 果たしてどうなのだろうか。しかし、今の私の心は、そんなことより優先的な大事は、娘の入試の合格発表を聞い た気分と同じであった。半面、一抹の不安も持った。物持ちがよく、物に溢れているわが家。全てがワイフ任せの現実を考えれば、これか ら先どうなっていくのであろうかと、時間が経つにつれ、気になってきた。猫三匹に、自分のことで手一杯の三人娘と亭主を抱え、ただでさえ整理されないわがないからと、これも結局は納得した。

参考:

ワイフ四三歳のチャレンジ

ワイフ四三歳にしてのチャレンジは無事成功裏に終わった。コースを修了できなかった参加者がいたかどうかは聞かなかったが、きっと全員が新 たなパスポートを手にしたのだろう。「やっと終わったよ」「ご苦労さん。これからだね」 実は自分自身のなかで講習終了日をはっきり自覚していなかったこともあってか、帰宅後の会話において、いつ終わるのかと何度も同じ質問を訊ねてしまっていた。正直なところ、私にとっての結婚記念日のように、前の日までは覚えているのだが、当日空腹に苛さいなまれながら帰宅した時点では、すっかり頭から消えている。その日は、そんな状況と全く同じであった。 であるから、声掛けは私から先にしていれば、理想的な場面であっただろう。私とし ては、一つのアピールを逃したとも言えそうだ。 私の目には、ワイフの顔が二カ月間の取り組みに対する達成感だけでなく、目標とし た資格取得に対する達成感に満ち、満足感に浸っているように、確かに映っていた。 これまで家族のために、家事中心に奮闘してくれてきた顔とは明らかに違っているよ うに見えた。 ワイフにとっては、新たな世界に立ち向かうことになるのであり、彼女の心のなかは、 チャレンジングな気持ちと幾分かの不安とで、大いに高揚してもいたのだろう。 このような状態を 輝いて見えるH と言ってもいいのかもしれない。 ワイフが当初、介護ヘルパ の資格を取ると口にしたとき、家計の足しになってくれ ればとか、長く働けるための資格があればとかいう。

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公的資格

なかでも「要支援」や「要介護この該当者の増加が倍増以上と著しい伸ぴを示して いる。皮肉なことに、利用者が増えた結果、財政面での負担が大きくなり過ぎたため、早くも大幅な費用抑制という議論が高まってしまったのである。費用面から見ると、利用者はかかった費用の一割を自己負担するが、利用上限も決ま りにヘルパ を使い過ぎる」という本的な改正理由に利用されている。 仲間割れ  とも言える苦情が報告され、制度の抜000円から要介護五の七万五 000円」とのことであり、毎月、介護のための一 万円以上の出費に対して、年金だけでなく、家族の貯蓄を切り崩しているケ スが報告されている。 これらの数字を見る限り、利用者にとっては所詮懐が痛む話だから、抑制的な利用状況に思える。残念なことには、重度の人を抱える家族からは「軽度の人がお手伝い代わ 円)、「要介護二」以降も二、三 円ずつ増え、「要介護五」では一万七二九 円(限度額三万五八三 O円)となっている。在宅の場合、介護保険の一割負担以外に、最もかかる費用は「医療費」であり、「おむつ代」「衣料関連費」と続いている。 O円)「要介護こでは七五三七円(限度額一万六五八 円であり、「要支援」 っている。在宅介護を受けている人の月平均の使用額は一万四 で四二五八円(限度額六一五 「実態調査によると、在宅介護の総費用は平均月四万二 000円。要支援の平均二万二 新たなスタート ワイフにとっては、大人になってからは普通自動車免許に続く公的資格である。

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